日本花の会

花のまちづくり

第12回 優秀事例発表会

花のまちづくりのレベルアップを図るために、 全国花のまちづくりコンクールで入賞された方を中心にその取り組みを発表していただく花のまちづくり優秀事例発表会を毎年開催しています。

第12回 花のまちづくり優秀事例発表会(第26回コンクール)

日程

2016年10月25日(火)

場所

日比谷図書文化館(地下1階コンベションホール)

花のまちづくり優秀事例発表

妻に捧げたバラ苑から花のまちづくり
個人部門  天野 和幸 さん(静岡県浜松市)

里山とオープンガーデンが融合した花のまちづくり
個人部門  熊谷 哲・恵子 さん(兵庫県姫路市)

‘花あふれるまち「宗像」をめざして’ ~花の魅力でつながる「人とひと、人とまち」~
個人部門  吉田 博美 さん(福岡県宗像市)

地域とともに、花のあるまちづくり ~南国リゾートみやざき、ブーゲンビリアのまちづくり~
企業部門  宮崎空港ビル株式会社(宮崎県宮崎市)

花のまちづくりスキルアップ

“花と緑が拓く日本 ~歴史に見る園芸文化大国の再生をめざして~”
株式会社グリーンダイナミクス 代表取締役 プロデューサー 賀来 宏和 さん

写真:花のまちづくりコンクール優秀事例発表会

花のまちづくりの啓蒙・普及のため、全国花のまちづくりコンクールの優秀事例発表会及びスキルアップ講座を企画しています。

当日配布資料(プログラム・要旨)

第12回 花のまちづくりコンクール優秀事例発表会(第26回コンクール)

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妻に捧げたバラ苑から花のまちづくり

天野 和幸 さん

活動のきっかけ>

「お父さん、再入院はホスピスです。もう二度とこの我家には帰って来られません。」1998(平成10)年5月の雨の朝、仏壇に線香を供え、手を合わせたまま振り返らずに妻が発した言葉でした。

娘たちや実家の兄、姉に精一杯のことをしてもらいましたが、痛みが強くなり覚悟の時が来ました。何とか動けるうちに2人で何度も行った島田のバラ園に行きたい。これが最後の花見になるかも・・・と、痛みの極限を知る妻の人生の最期の願いでした。バラの花も少なくなった5月の終わりに再入院、8月28日未明、49才のお別れとなりました。

数ヶ月前の夜、三女の成人式の食事会の席で、「ねぇ、お父さん、やっと新婚時代が来たねぇ。」と、娘3人を成人させた妻の喜びの体に巣食う病を誰も知る筈がありませんでした。私には鉄工業と農業の二足の草鞋を履いて、妻と育て上げた800坪の茶園がありました。農協の茶生産役員等からは「共進会に応募せよ。」と言われた優良なお茶園でしたが、このお茶園で妻にどれ程の苦労をさせたかと思うと、本心茶園を見るのが辛かったのです。

今、私の全てを懸けて何が出来るか・・・。“そうだ茶園を無くし花を植えて妻の供養をしよう”、茶園の伐採を始めて間もなく、例の役員さんが来られて、「こんな素晴らしい茶園を掘り取るのは気が違ったのか? 2年もすれば馬鹿を見たと思う時が来るぞ」。何を言われようともう後戻りはしないと決心していました。互いに敬愛し信頼し合った妻との28年間。苦楽を共に支え合い3人の娘を育てあげてくれた49歳の妻を亡くして、その1年半後に私は再婚をしました。

相手はとても美しく、やさしい1,000株のバラの花嫁です。

四十九日の法要を済ませ、バラ苗の発注後、造成に6ヶ月、苗を受け取って半年間育苗し、1999(平成11)年12月下旬に1,000株のバラ苗の植付けが終了しました。2000(平成12)年5月中旬に、地元新聞に「亡き妻に贈るバラ園」と大きく報道され、同月28日には長栄寺住職を招いて、「ばらの都苑」と銘を打ち開苑供養祭を催しました。都苑のテーマは「愛」。人を敬う心と夫婦の愛、家族の絆、供養が前程であるが故に、剪定、消毒、灌水、造形工作物等の管理のすべてを、独人(ひとり)の信念と理念を貫き通して、はじめて妻に捧げる「愛」なのです。

都苑の“都”は亡くなった妻の名前なのです。

  • 写真:花のまちづくりコンクール優秀事例発表会

ばらの都苑をまちづくりにいかす

都苑は第一次5ヶ年を妻への供養として、第二次5ヶ年では、苑内に日本の歴史上の建造物を5棟以上造形し、つるバラと野バラを組み付けました。苑入口のアーチは1株で仕立てた純白の高さ5m、神が宿るか仏が住むか、いいえ私の一本気の思いが宿る塔です。慈しみの門、白川郷合掌の家、雅の院、恵の城、愛と絆、希望の鐘、五輪作成の準備などに取り組みました。

第三次5ヶ年計画では、3月に咲くクリスマスローズと河津桜を加え、4月には花桃、5月にはバラ、6月にはユリと5種類の花に挑戦しています。

花桃は7年前に苗を150株購入して植えました。迷路の上に高さ1.5mの赤い太鼓橋を造り、そこから眺めると遠くまで見えると大喜び。花桃がいっぱい咲く下にはクリスマスローズ500株が競って咲きます。この時期は桜や梅では味わえない三色の桃の花がとてもきれいです。

青い吊橋は2014(平成26)年2月に男の孫の誕生を記念して造り始めたところ、小学生の孫たちが手伝ってくれて素敵な橋が完成しました。同時に池も造り、錦鯉や金色の鯉が100匹以上泳ぎ、園児たちの関心も自ずと高まります。ここは池と橋と花の三拍子が揃った園です。

ユリの取り組みは5年程前からになります。新たな発想で、園児に自然の中での体験ができるようにと「ぼくとわたしのめいろ」づくりに取り組んでいます。球根を植える所と通路を整備して、10月に約1000個の球根を植えました。自分たちが植えたユリの花が顔より大きく咲き、迷路と吊橋と太鼓橋に登ったり、少し危険(スリル)も体験できたりします。花と迷路と橋と緑をいっぱい楽しめます。

  • 写真:花のまちづくりコンクール優秀事例発表会

東日本大震災の被災地へ支援

2012(平成24)年3月、私が種から育てた花桃苗1,000株を東日本大震災の被災地へ贈りたいと静岡県ボランティア協会に申し出たところ、快諾していただき苗木500株を同協会に寄付する約束ができました。同年7月に岩手県遠野市へ150株の植栽が決まり、野田総理のお手植えの予定が組まれました。しかし、総理は急用ができて欠席となってしまいましたが、大勢の役員やオーナーと復興の願いを込めて植栽しました。さらに同年9月には400株を大槌町で植栽しました。日本花の会の一員として復興を願って花桃を植栽して花のまちづくりの手伝いもしています。

2015(平成27)年7月にも250株を大槌町等へ寄付し、この4年間で6回、合計で1,700余の株を植栽しました。

ばらの都苑は地域へも大きな反響

2014(平成26)年5月上旬、若いカップルが突然訪ねてきました。「このバラ園で私たちの結婚式を挙げさせてください。3年前から何度も伺って、天野さんの夫婦愛、家族の絆などの話を聞いて、私たちの門出はこのバラ園にしようと決めました。是非お願いします。」とお願いされました。結婚式は翌年の5月23日に決定し、当日は天気に恵まれ列席者、見学者で大賑わいでした。新聞3社、テレビ等にも報道されました。

ばらの都苑開花以来16年目の大きな、大きな節目のシーズンとなりました。バラの見頃に小学生、園児、車椅子、施設の人たちの人気の花園として、更にはインターネットで全国からの方も大勢来られます。花の持つ様々な力が地域や全国へも浸透していることがわかります。

今後の展開

今後の展望は、今までと同様に花桃苗を大量に育苗します。東北被災地、更には新たにその近隣の町へも植えていく予定です。

今、私の住む当地での最大の話題が、来年放送のNHK大河ドラマです。主人公の井伊直虎ゆかりの地へ、この記念事業の一つとして、大規模な桃原郷構想を推進して行く計画です。

  • 写真:花のまちづくりコンクール優秀事例発表会
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里山とオープンガーデンが融合した花のまちづくり

熊谷 哲・恵子 さん

活動のきっかけと概要

花づくりは30年前に、石ころだらけの痩せた庭土を耕し、石を取り除き、堆肥を加えて土づくりから始めました。当時は売られている花苗は種類が少なく、植えたい花は種から育て、ご近所の方に差し上げたり、近くの公園に植えたりしました。18年前、現在の地に移り住み、また一から庭作り(土づくり)を始めました。2003(平成15)年にマルモ出版が初めて全国オープンガーデンガイドブックを出版する際に、この庭を掲載していただき、2006(平成18)年より地元のオープンガーデンにも参加しました。

その頃、自宅のすぐ近くまでイノシシがやって来るようになり、里山整備の必要性を感じて、自宅北側に隣接した山の一部約5,000㎡を購入し、さらに隣接する20,000㎡も所有者と協定を結んで整備を始めました。長年放置されていたため、タイヤ、がれき、ビニールシートなどのゴミが投棄され、また、常緑のヒサカキ、イバラ、ネザサ等が生い茂り、人が入れない状態でした。これらの放置ゴミを回収して、密生した草木を兵庫方式という里山整備法で刈り取り、地域の方も安心して通れる散策路を作っていきました。

路沿いにツバキ、アジサイ、サクラ、モミジなど多種類の花木を植えています。また里山の入口には花壇を作り、訪れた人々が季節の花々を楽しめるようにしています。ここは地域の子どもたちが遊びを通じて、緑や生き物に触れ、生物多様性など環境学習が出来る里山ガーデンとして常時オープンにしています。

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自然と人との共生を考えた環境にやさしい庭づくり

活動では次のような点に努力しています。

* 夫婦ともに仕事と介護を抱えているので、庭の維持管理が楽なように花の苗作りもしますが、宿根草、花木、カラーリーフ、ハーブを多く取り入れています。

* 家庭から出る生ごみはコンポスターを使って堆肥化しています。このコンポスターは約30年前に購入したものを今でも使用しています。

* 灌水には雨水を利用しています。合併浄化から下水に変更となった時、必要がなくなった地下浄化槽(4,200L)に雨水を集め、それを庭に配水するシステムを作りました。

* 刈り取った剪定くずや雑草は、庭の隅や林間に堆積して堆肥に変えて利用しています。

* 土作りは植物が健全に育つためには欠かせません。自作の堆肥の他に、バーク堆肥、牛糞、そして自作の肥料(米ぬか、油粕、クンタン、骨粉、微生物発酵促進剤を混ぜて発酵させたもの)を元肥や追肥に使っています。

* 農薬はほとんど使いません。虫を食べてくれるカマキリ、カエル、トカゲ、鳥は大切にしています。

* 生物多様性に配慮しながら、木の伐採や管理を行っています。

  • 写真:花のまちづくりコンクール優秀事例発表会

前回の受賞時との違い

全国花のまちづくりコンクールにおいて2009(平成21)年と2013(平成25)年に奨励賞、2010(平成22)年には優秀賞をいただきました。それらの受賞後にさらに取り組んだ主なことを紹介します。

自治会との連携強化を図りました。里山ガーデン内にいくつかの散策路を整備しましたが、その中には地元連合自治会の協力を得て、自治体から整備にかかる費用の助成金をいただきました。地元小学校まで通じる路もあり、自治会主催でこの路を通って地元の名所をめぐるウォーキング会も行われています。

* 理事長を務めるNPO法人はりま里山研究所の活動を本格化させ、プレーパーク(子どもの冒険広場)、キッズサイエンスクラブ、サイエンスカフェ等の講座シリーズ、里山ガーデンを活用した大学の講義やフィールドワークを開催しています。

* 学生団体活動が進展しました。兵庫県立大学の学生は、この里山で地域の小学生と交流しながら、環境教育の実践も行っています。また建築系学生によって、ツリーハウス等のデザイン・建築やつり橋・滑り台等の遊具作成などが行われ、学生の実習の成果が子供達に喜ばれています。

  • 写真:花のまちづくりコンクール優秀事例発表会

活動の成果

オープンガーデンを開催することで、多くの人々と交流を深め、花づくり、そしてまちづくりの輪が広がっています。また春と秋に里山まつりを開催し春は桜とつつじ、秋は紅葉を楽しんでもらっています。

放置・荒廃した里山に再び手を加え、自然と共生する場を作り、大人には花と緑で安らぎを、学生には学びを、子どもたちには自然の良さを体験できる場を提供できました。

里山内のビオトープではモリアオガエルの産卵が毎年見られ、貴重な種の保全にも貢献し、低木常緑樹の伐採で里山の植物体系が是正され、光が入ることで植物の多様性も増してきました。

里山に複数の散策路を設置したので、超高齢化社会において健康寿命を延ばすため、里山で自然の花を楽しむウォーキングが役立つと思います。

  • 写真:花のまちづくりコンクール優秀事例発表会
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今後の展開

近隣でオープンガーデンに参加する家庭が少なく、この成果をもとに地元自治体と協力して仲間を増やしていきたいと考えています。

里山整備の範囲を広め、私設の里山公園として多くの方に利用していただいていますが、広い里山の管理の負担が増しています。里山整備も含めた活動を託す次世代の方を育てていき、持続可能な社会を目指そうと思っています。

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花あふれるまち「宗像」をめざして
 ~花の魅力でつながる「人とひと、人とまち」~

吉田 博美 さん

活動のきっかけ>

1968(昭和43)年から、福岡県職員として花の栽培農家や花の栽培を志す学生への指導を行ってきました。また、花の生産振興や消費拡大業務を行う等、長らく花にかかわる仕事をしてきました。

これまで仕事を通じて習得してきた花の栽培技術を生かして、花のある豊かな地域づくりをしたいと思い、2003(平成15)年に建てた自宅を拠点にして、花のまちづくりの活動を始めました。

  • 写真:花のまちづくりコンクール優秀事例発表会

バラと草花による花のまちづくり

花に囲まれた生活を目指して、自宅周囲の1,200㎡の庭に300種類を超える草花やバラ・花木等を植えています。花あふれるまち「宗像」の第一歩として、生垣として植えられていたスギを取り除き、道路沿いはもとより庭の奥の方まで見通せるようオープンな庭づくりを始めました。

2007(平成19)年からは街なかに花を広めるべく「むなかた水と緑の会」に所属し、JR赤間駅や市民交流施設の花壇作りにおいて、苗の手配や植え付・管理指導等、会の中核として活動しています。

2008(平成20)年からオープンガーデンを始めました。庭を見に来られた方からバラの勉強をしたいとの声が多く寄せられたため、2009(平成21)年には自宅で座学と実習をセットにしたバラの講座を開催するようになりました。その後、数多くの希望者の声にこたえるべく順次講座数を増やし、現在では4つのバラ講座を開催しています。また、今ではこの講座の受講生も私の代わりに講師を担ってくれるほどに実力が増し、オープンガーデンをする仲間も増えてきました。

2013(平成25)年からは、自宅でガーデニング講座も開催するようになり、近隣の春日市が主催するガーデニング講座も担当する等、花作り技術の普及と花あふれるまち「宗像」という夢を共有する仲間作りに取組んでいます。

  • 写真:花のまちづくりコンクール優秀事例発表会
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宗像市の花「カノコユリ」による花のまちづくり

宗像市は全国でも数少ないカノコユリの自生地です。1981(昭和56)年には公募によって市の花に指定されました。しかし、カノコユリは生育適地の消失によりその数が減少し、絶滅危惧種にも指定されています。そこで、2010・2011(平成22・23)年に九州大学や宗像市と共同で実態調査を行いました。その結果、確認されたカノコユリの一部は宗像固有種であることが判明し、これらの保全・普及を図るために、栽培や増殖に関する調査研究を進めてきました。このデータをもとに毎年種播き講習会を行い、種を播いたプランターを持ち帰って育ててもらうことで、カノコユリの市内への普及を図っています。この5年間で講習会を25回開催し、受講者は500名を超えました。カノコユリは種をまいて開花まで4~5年かかりますが、初期の受講者のカノコユリが開花し始めています。

2015(平成27)年7月にも250株を大槌町等へ寄付し、この4年間で6回、合計で1,700余の株を植栽しました。

また、カノコユリの生育は環境に大きく左右されることから、栽培の知識を持つ人材の育成を目指し、2014(平成26)年1月に「宗像カノコユリ研究会」を設立しました。自宅で毎月研究会を行い、カノコユリによる花のまちづくりのリーダーとしての活動が出来る体制づくりを進めています。

≪宗像カノコユリ研究会≫ http://www.kanokoyuri.info/index.html

  • 写真:花のまちづくりコンクール優秀事例発表会
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活動で努力している点と成果

オープンガーデンの見学者は年々増え、5月の10日間だけで2,500名を超えることがあります。活動の核となる庭は年々充実を図っており、東屋や木製のバラの棚、車椅子で回れるよう園路を整備する等、ますます温かみの感じられる庭となり見学者にも喜ばれています。

市の花カノコユリについては、花が咲く里の復活・普及を図りたいとの一念で取り組んできた活動も今年で7年目となります。賛同されるカノコユリ研究会の会員が100名を超え、今後の保全・普及活動に大きな期待ができます。

また、種から育てたカノコユリが咲き始めたことから、今年の8月に1週間、自宅を開放して観賞会を開催し賑わいました。来年は、市民が自由に見られるよう自宅の前に造成中の公園に植え、カノコユリ公園として整備することとしています。

今後の展開

庭を作り始めて13年、自宅が花の魅力を伝える活動の拠点として定着し、多くの人に自分の想いを伝えることができ、共感者を増やすことが出来ました。

多くの人との交流やボランティア活動の場が広がり、これまでの経験を生かして地域社会に貢献できることに幸せを感じています。こうした活動が、花のある豊かな地域づくりはもとより、停滞する花の消費拡大、生産振興につながるよう更に努力して行きたいと思っています。

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地域とともに、花のあるまちづくり
~南国リゾートみやざき、ブーゲンビリアのまちづくり~

宮崎空港ビル株式会社 取締役社長 長濵 保廣 さん

活動のきっかけ

宮崎空港ビル株式会社は、1962(昭和37)年に宮崎交通(株)の関連会社として設立しました。宮崎交通の社長でもあり当社の創業者でもある岩切章太郎社長は、「宮崎観光の父」と呼ばれ、「大地に絵を描く」という思いで全県公園化を目指し、日南海岸やえびの高原など宮崎の代表的な観光地を作ってこられました。

その岩切社長に衝撃を与えたのが、山梨県笛吹市の桃源郷を視察した際に目にした、見渡す限りの桃の花でした。風景を構成しているのは地域の方々が生活のために育てている桃の木ではあるものの、一面桃色に染まった景色を目の当たりにして、やはり地域の方々が一緒になって行う「まちづくり」には敵わないと悟られたといいます。そして、ブーゲンビリアを南国宮崎の花にしたいと願っておられましたが、当時はブーゲンビリアはなかなかうまく育ちませんでした。

ところが、1990(平成2)年に建築された宮崎空港の現ターミナルにブーゲンビリアを植えたところ、これらがすくすくと育ってくれました。ここからブーゲンビリアのまちづくりが本格的に動き出します。また、私どもも岩切社長が見た山梨県笛吹市の桃源郷に実際に赴き、素晴らしい景色に感動したことが、地域と一緒に花のまちづくりを始めるきっかけとなりました。1998(平成10)年からは1.2mほどに育てた鉢を、毎年500本地域の方々にプレゼントしています。また、ホテルでのパーティーや、ゴルフトーナメント会場などにブーゲンビリアを無料で貸し出す事業など、観光客の皆様にも喜んでいただけるように取り組んでいます。

  • 写真:花のまちづくりコンクール優秀事例発表会
  • 写真:花のまちづくりコンクール優秀事例発表会

活動概要

●地域との連携
2014(平成26)年に宮崎空港の開港60周年を迎えたことを機に、空港の愛称を公募し、「宮崎ブーゲンビリア空港」と命名していただきました。さらに宮崎の南国イメージとして発信していくために、宮崎県知事をはじめ、市町村長や行政の方々、航空業界と一緒に「ブーゲンビリア植栽プロジェクト」を立ち上げ、県内に植樹活動を行っています。

●花ボラネット宮崎
県内の花のボランティア活動を集約し情報共有と活動支援を目的に「花ボラネット宮崎」を設立し、ボランティアの方々をサポートしています。

●宮崎空港歓迎美化協議会
宮崎空港内では、行政と一緒に「宮崎空港歓迎美化協議会」を設置し、一年を通して花と緑にあふれた空港を維持し、空の玄関口としてお客様に楽しんで頂ける空間づくりを行っています。

●宮崎空港線修景美化推進協議会
宮崎空港周辺では、国、県、市、空港関連企業等が一体となった「宮崎空港線修景美化推進協議会」を設置し、地域の方々や空港関係者と一緒に、空港周辺の道路などに花を植える活動を行っています。

  • 写真:花のまちづくりコンクール優秀事例発表会
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活動の成果

空港の緑化はもとより、地域の方々との連携で花のまちづくりを進めてきたことで、ボランティア活動の参加者も年々増加し景観に対する意識も高まってきました。また平成10年から始めた「ブーゲンビリア500本プレゼント」は、今では街並みに広がり、南国宮崎の風景を醸し出しています。ワシントニア・パームツリーなどに加え、色鮮やかなブーゲンビリアが南国リゾートらしさを引き立たせ、空の玄関口の空港を訪れる方々を楽しませています。

  • 写真:花のまちづくりコンクール優秀事例発表会
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今後の展開

今後も行政と民間、地域の方々が一緒に「花のまちづくり」の輪を一層広めていくことによって、宮崎の観光の発展に寄与していきたいと思います。

  • 写真:花のまちづくりコンクール優秀事例発表会

花のまちづくりスキルアップ講座

写真:花のまちづくりコンクール優秀事例発表会

花と緑が拓く日本
~歴史に見る園芸文化大国の再生をめざして~
(株式会社グリーンダイナミクス 代表取締役 プロデューサー 賀来宏和)

[略歴]
千葉大学大学院園芸学研究科修了。1979年に旧建設省に入省、主に公園緑地行政に携わる。 在職中に今日のガーデニングブームの起点となった1990(平成2)年開催の「国際花と緑の博覧会」を4年間にわたって担当するとともに、その継承事業の一つとして「花のまちづくりコンクール」の創設にもかかわる。

1992(平成4)年に同省を退職し、㈱グリーンダイナミクスを設立。花と緑に係るイベントの企画立案や運営、花と緑のまちづくりやテーマ施設の企画や講習などに取り組む。2004年の「浜名湖花博」のプロデユーサーなどのほか、花をテーマとした介護施設づくりのプロデュースなども行い、ライフワークとして日本の園芸文化や鎮守の杜についての調査研究活動にも注力。